INTERVIEW

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獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”

宇野沢 祐次(AC長野パルセイロ 元選手)

2010年から10年間、オレンジのユニフォームを身にまとった“ミスター・パルセイロ”。現在はU-18の監督を務め、クラブに変わらぬ愛を注いでいる。現役時代に感じた信州ダービーの熱量と、シュタルフ長野に懸ける期待とは――。

選手冥利に尽きる一戦 元日本代表とも対峙

―― パルセイロに加入する前年(2009年)は、JAPANサッカーカレッジで北信越リーグ優勝を経験しました。

あの時のチームは、メンバーもかなり揃えていました。パルセイロ、山雅、ツエーゲン(金沢)がいる中で、1試合を残しての優勝。絶対にJFLに上がらないといけなかったですが、地域決勝大会で負けてしまったので悔しかったですね。

獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”
PROFILE
宇野沢 祐次(うのざわ・ゆうじ)
1983年、千葉県出身。ジュニアユースから柏レイソルのアカデミーで育ち、2002年にトップ昇格。1年目からJ1で13試合に出場し3ゴールをマークした。06年まで柏に所属して翌年はアビスパ福岡でプレー。J1で52試合4ゴール、J2で26試合出場。その後はJAPANサッカーカレッジを経て2010年、当時JFLのAC長野パルセイロに加入。13年には20得点を挙げてJFL得点王に輝き、初制覇に大きく貢献した。19年限りで現役引退し、現在はU-18監督を務める。

―― 当時の北信越リーグのレベルは、どのように感じていましたか?

“地獄の北信越”と言われていたくらいですし、試合数が少ない中で上位と下位のレベルが開いていて、下位を相手にいかに多く点を取るかが大事でした。2009年は優勝こそできましたが、得失点差ではパルセイロに大差をつけられていました。

―― 対戦相手としてのパルセイロの印象はいかがでしたか?

要田(勇一)さんとか籾谷(真弘)はJリーグでも知っていましたし、大島(嵩弘)とか大橋(良隆)くんがハードワークしていて良いチームでした。僕が入るまでは3トップを敷いていて攻撃的なサッカーだったので、手強かったです。

獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”

―― 2010年にパルセイロへ加入しましたが、当初から信州ダービーは念頭にありましたか?

JAPANサッカーカレッジでもパルセイロと山雅とは対戦していましたが、両チームがライバル関係にあることは知らなかったんです。ただ、パルセイロに入ってすぐに、それを思い知らされたというか。サポーターの皆さんに「応援しています」だけでなく「山雅には負けないで」と言われて、少し驚きました。

―― 当時はカテゴリーが違う中でしたが、天皇杯県決勝で対戦がありました。

選手はそこまで意識していなかったと思いますが、周りから言われて勝たなければいけないという空気になっていました。薩川さん(薩川了洋監督)からも「勝たなきゃダメだぞ」という声かけがありましたね。

獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”

―― アルウィンでの試合でしたが、戦ってみていかがでしたか?

正直あまり覚えていなくて…(笑)。天皇杯で言えば、その翌年(2011年)の決勝はかなり記憶にあります。延長戦で浦島(貴大)のゴールで先制して、その後にギリギリで追いつかれて。「こんなことが起こるんだ」と思いましたし、ディフェンス陣はプレッシャーもあったのかもしれないですね。最後はPK戦で負けてしまったので、現実として受け入れがたかったです。パルセイロのサポーターのほうが少なかったですが、それでも一生懸命声を出してくれて、応援では負けていないように感じました。

獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”

―― ご自身にとって、ダービーはどのような位置付けでしたか?

サポーターが盛り上がってくれるので、選手としてはすごく楽しい試合でした。僕が点を取ってチームを勝たせたいという気持ちが強かったですし、南長野も収容人数ギリギリまで観客を入れていて、すごく良い雰囲気の中で戦えました。ただ、パルセイロが先制しても、山雅は最後に何かを起こしてくるという不思議な力を感じました。それで負けてしまうこともあったので、サポーターには申し訳なかったです。

獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”

―― 当時の山雅の印象は?

チームは、全体でパスを繋ぐというよりは、力強く戦って決着をつけるようなイメージでした。アルウィンの雰囲気も凄かったですし、サポーターが一体となっていました。それを受けてパルセイロのサポーターも一体感が生まれて、お互いに良いなと感じました。

―― JFLとは思えないような空気を感じたのでは?

僕がプレーしていた柏もピッチとスタンドの距離が近かったので、それと同じような感覚になりました。千葉ダービーより盛り上がりが凄かったですし、練習試合でも勝てば喜んでもらえるので、常に負けられないという気持ちで戦っていました。

獅子たちに想いを託す “ミスター・パルセイロ”

―― ダービーで印象に残っているエピソードはありますか?

山雅には松田直樹選手がいて、マッチアップする場面も多かったですが、すごく良い選手でした。周りへの声かけとかゲームコントロールに長けていて、勉強になることが多かったです。ピッチ外のエピソードで言えば、緑のパーカーを着ているとサポーターにツッコまれることがあって、それ以来着なくなりました(笑)。